では2つ目のトピック「インバウンド施策」について考えてみます。皆さんは2024年6月に「新たなクールジャパン戦略」が出たのをご存じでしょうか。内閣府が54ページにわたるPDFを公開しています。コロナ禍が明けて、再び日本が観光立国化への道を歩き出した象徴的な文書だと思います。
もともと観光庁が出していた2030年までの訪日観光客目標は6000万人、インバウンドによる観光収入目標は15兆円で、これは今も変わっていません。この数字を頭に置きながら近年の世界の観光客数ランキングと観光収入ランキングを見ていきます。
日本は、2019年の観光客数では9位にいましたが、2023年は12位に落ちてしまいました。しかし違った切り口で考えると日本には大幅な伸びを見せている部分があります。それは訪日観光客1人当たりの支出額です。具体的には2019年の訪日観光客数は3188万人、観光収入は4.8兆円でした。これが2023年になると観光客数2506万人にもかかわらず収入が5.3兆円にまで伸びています。1人当たりの金額で換算すると実に38%もアップしているのです。
訪日観光客数よりも1人当たりの支出額を伸ばす
1人当たりの支出額を上げられればオーバーツーリズムを予防でき、より効率的に収入を得られます。15兆円という目標を掲げるのであれば6000万人という人数ではなく、「いかにより多くの収益を上げるか」に力点を置いたほうが良い結果になるのではないでしょうか。言い換えると、観光客へ一律のサービスを一律の料金で提供するより、ラグジュアリー層・ミドル層・エコノミー層と区分をつけて提供したほうが目標に早く到達できると思うのです。
この階層構成の考え方は日本の習慣からするとまだ馴染みにくいかもしれません。格差を作ることに敏感な人も多いでしょう。しかし、今はもうそれを乗り越えて許容していく思考が必要だと感じます。
上の表2を見ると、UAE(アラブ首長国連邦)は観光収入において日本をはるかに上回る6位ですが、観光客数のランキングには入っていません。UAEはスーパーラグジュアリー層が訪問するドバイ1都市にリソースを集中させ、この収入を稼ぎ出しているのです。このやり方は私たちも参考にしてよいものです。
実は日本は世界第3位、そこから何を改善するか
日本は、富裕層向けの高価格帯でサービスを提供できる実力を持っています。2024年5月に発表された世界経済フォーラム(WEF)の「旅行・観光開発ランキング2024」からもそれは顕著です。まず日本は、アメリカ、スペインに次いで3位にランキングしています。
高評価ポイントで挙げられているのは「文化資源」「健康と衛生」「地上と港湾インフラ」「ICT整備度」「安全・安心」「非レジャー資源」です。「文化資源」には伝統的行事や歴史的建造物、博物館や美術館も含みます。「非レジャー資源」とはレジャー以外のビジネス、教育・医療などを目的としたものです。
逆に低評価ポイントとして挙げられているのは「旅行と観光の需要持続可能性」「観光サービスとインフラ」「災害対応」です。特に「宿泊施設や飲食店における労働効率性」「国際旅行者のピークシーズンへの集中度」「地域に於ける熟練スタッフの獲得しにくさ」がネックで、オーバーツーリズムを防ぐ時期的・地域的な分散や地域における人財確保が求められています。
見方を変えれば、低評価ポイントを改善すると世界第3位という潜在的な魅力をもっと伸ばせるといえます。その実現という点でも、やはり富裕層向けのサービスやビジネスの開発は欠かせないと思うのです。
「B級」ではなく「A級」を作り出す努力を
実は国内富裕層もすでに国内移動を旺盛に繰り返していて、彼らの移動や消費が国内経済を大きく活性化させています。そういった富裕層が関心を持つのは「A級」のものであって「B級」ではありません。広く万人向けの「B級」も確かに話題や注目を集めますが、収益の柱になるのは高付加価値を訴求できる「A級」です。
幸い日本では各地方・地域で特色ある名産品や文化を持っています。今後はこれらから「A級」を作り出し、SNSなどで世界に知らしめていく施策が求められます。日本国内の客層とインバウンドの客層向けでそれぞれの価格帯を別にする方法も有効です。使いたい額をいくらでも使って落としてくれるような富裕層向けに、トップブランドを作って目指してある程度の階層を形成する、いわば「がめつい感覚」をもう少しだけ持ってもいいのではないでしょうか。
実際に新しいビジネスを展開している地域もあります。次回はその具体例を紹介しつつ、私たちができる「インバウンド施策」について考えたいと思います。